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​辺鄙噺-前編-

≪ 登 場 人 物

 

配 役【♂3:♀1】

​▦  空 木 / ウツギ ♂ 

※声のイメージ:20代後半~30代前半

麓で小さな本屋を営む。本好きが高じて自身でも執筆業モドキを行うが世に出すつもりが無い。

好奇心の儘に動いてしまう節があり、度々梓には「自由人」と呆れられている。

▦ 梓  / アズサ ♀ 

※声のイメージ:10代後半~20代中頃

空木の営む本屋で住み込みで働いている女性。住み込むに至った経緯は明らかではない。

空木の事を「先生」と呼ぶ。大雑把な空木とは違い、生真面目な性格。猫の前では女の子らしい一面も。

▦ 永 月 / ナガツキ ♂

創作亭遊庵の発起人。名前は「ハヂメ」というらしい。

物腰が柔らかく好奇心旺盛な性格。時折子供のような一面を覗かせることもある。

身内の仲間はあだ名で呼び、高槻は「つーさん」、 小鳥遊は「アキちゃん」と呼んでいる様子。

▦ 高 槻 / タカツキ ♂

創作亭遊庵に住み込む絵描き。名前は「ヤマイ」というらしい。

大の猫好きで、庵の周りに居着く野良猫へ勝手に餌付けをしており、彼の周りには常に数匹猫が着いて回る。

非常におっとりとした性格で、その存在は癒しそのもの。余談だが、恐がりなのに恐い物が好き。

空木 「どこからか声がしたような気がしてここまで歩いてきてみたが……いやはや、どうやらこれは…」

 

 梓 「迷いました、ね?」

 

空木 「ゔ……、いやまだ完全に迷ったわけでは…」

 梓 「己の失敗を素直に認め、反省し、いち早く打開策を練る事も大事な事だと思いますよ」

 

空木 「はは…相変わらず君は手厳しいなぁ」

 

 梓 「私が手厳しいのではなく、先生がご自身に甘いのです」

 

空木 「君こそ、ここまで黙って着いてきたじゃないか。何故怪しまなかったんだい?」

 

 梓 「私が苦言を呈した所で、止まりますか?先生は一度興味を持つとそれを目指し猪のように突っ走るじゃありませんか」

 

空木 「猪突猛進は、……まぁ、否めないが」

 

 梓 「でしょう?ならば私は何も言わずこうして止まった時にそら見た事か、と先生を嘲笑ってあげようかと」

 

空木 「……梓、いい性格に育ったねぇ」

 

 梓 「育てたのは先生ですが」

 

空木 「おかしいなぁ、もう少しお淑やかに育てたつもりだったんだけれど…」

 

 梓 「私がお淑やかになれなかったというのであればそれは、先生の自由人っぷりが目に余るからでしょうね。たまには確りと計画を

   立ててから行動して頂きたいものです」

 

空木 「…ほんとに、どうしてこう口煩く育ったもんかなぁ……。おや?」

 

 梓 「……どうしました?」

 

空木 「いや……ほら、向こうに灯りが」

 

 梓 「…本当ですね、自然光では無さそうです。民家……もしくは集落?」

 

空木 「こんな辺鄙な山奥に集落とは、…考えにくいが、人が居るのは確かだろう。この辺の事を調べるには良いだろうな。行ってみよ

 

 梓 「……これは、民家…ですね」

 

空木 「あぁ、しかし……随分と立派な…もしやこの辺りの地主の家か?」

 

 梓 「…先生?不法侵入だけはしないでくださいね?」

 

空木 「勿論さ、灯りがあるということは人が居るということ。さて、玄関は……と」

永月 「おやおや、珍しいですねぇ、こんな山奥に来客とは」

 

空木 「!」

 

永月 「あぁ、驚かせてしまいました?御安心下さい、僕は此処の主です」

 

 梓 「あるじ、……ということは此処はやはり地主の方のお屋敷…?」

 

永月 「地主の…?いえいえ、僕達は此処でひっそりと暮らしているだけ、地主ではありません」

 

空木 「僕達、という事は貴方の他にも人が?」

 

永月 「えぇ、ここは遊庵(ゆあん)。同じものを志す者同士で集まり、好きに過ごす小さな僕達の家。申し遅れました、僕は永月と申します」

 

空木 「…空木です、この子は梓。…あのぉ…永月さん?…志しが同じもの、というのは一体どのような…」

 

永月 「この遊庵にいるのは無から有を、そして有をさらに無限大へと広げることが好きな連中でしてね。」

 

 梓 「…無から有を、というと…なにかをお作りになっている、とか」

永月 「ご明察。その何か、というのは…そうですね、此処で立ち話をして口で説明するのもなんですし、宜しければ寄って行かれませんか?」

 

 梓 「…先生、どうしますか?」

空木 「折角こう仰っていただいたのだ、断る理由はないだろう」

 梓 「…言うと思いました。では永月さん、お言葉に甘えさせていただきます」

永月 「えぇどうぞ。うちは来ていただいた方を無下にお断りは致しませんから。…それにしても、御二方は何故このような辺鄙な場所に?」

空木 「あぁ、それはですねぇ……」

 梓 「私達はこの山の麓に家を構えていまして、先生はそこで小さな本屋を営んでいるのですが…店主がまぁこの通り自由な人でして。

   探究心の塊、とでも言いましょうか…」

空木 「こらこら梓」

永月 「ほう?…しかし、『先生』とは…空木さんはもしや作家業も?」

空木 「い、いえいえ!作家などと大きく謳えるような者ではありません!ただ、なんていうんでしょうか…本に囲まれているからか、

    読んだ物の登場人物や風景がね、続きを紡いでたりするんですよ、頭の中で」

 梓 「それを時折紙に書き連ねているのが楽しそうで、私は先生のお店でお世話に。なので、この呼び方は敬意、ですかね一種の」

永月 「立派な作家先生じゃあないですか空木さん。創るという行為に大きいも小さいもありませんよ。その行動自体が素晴らしい!」

空木 「そうでしょうか…著名な作家は多く居ますし、私もそういった人が創った物を売る商売をしています。流行り廃りもあれば、

       人気な物そうでない物も沢山あるでしょう?私如きがそういった人の一端に名を連ねるなんて、そんな」

 

永月 「世に出ていないから創り手ではない、なんてことはありませんよ。この世の中にはまだまだ沢山の創作者が居て、これから羽ばたく

        作品もきっとあるんです。…僕達は、そういう物を創りたいから集まったんですよ」

空木 「『そういう物』?」

永月 「遊庵は『なにかを創りたい』そんな強い気持ちを持つ人が集まって出来たんです。1人じゃ難しくても、ほら三人寄れば文殊の知恵

        なんて言うでしょう?様々な思想と思考が掛け合うことで新しい物を創りあげられたら、……素敵だとは思いませんか?」

 梓 「つまり、永月さん達は作家の卵のような…そういった感じですか」

永月 「いえいえ、僕達こそ未だ卵にも成れていない若輩者ばかりです。それに、作家という括りだけでもありません。

     しかし、そうですね…いずれ、僕達が紡ぐ作品が世に出て、誰かの目に止まればいいな、とは思います」

空木 「…永月さん」

永月 「はい?」

空木 「もし、貴方方の創る作品が出来たら、それを私の店で扱うことは可能ですか」

 梓 「え、先生…?」

空木 「正直に言うと、私は商売抜きに貴方方の創る物が見てみたい。そして、私の店が何になるかはわかりません、

   わかりませんがもし出来ることなら…貴方方のその夢のお手伝い、させていただけませんか」

 

永月 「……それは、とても嬉しい申し出ですが、僕達は空木さん達に還元出来る保証がありません。それと分かっていて、何故そこまで?」

 

空木 「思い出したんですよ。私が本を生業に選んだ時のことを。誰かが紡ぐ物語が、自分には見えない世界をみせてくれる。それが堪らなく

    楽しくて夢中になって……けれど歳を重ねるうちに、商売にするうちに儲けとか、そういうものを考えるようになったんですよ。

    …いえ、それも勿論大切なんです。だけど、純粋にまず楽しむことを忘れていたことを、今の永月さんの話を聞いて思い出したんです」

 

 梓 「……先生はこうなったら猪顔負けの勢いで走りますから、永月さんお気をつけて」

 

永月 「…ふふ、あははははっ、いやぁ……空木さん、貴方面白い方ですね、本当に。作品が出来たらきっと空木さんにお見せしましょう!

    …遊庵の他の連中にもその話聞かせてあげてください。きっと彼らも貴方のことを気にいるでしょう」

 

空木 「…はい!是非!」

 

 梓 「ふふ、先生楽しそう」

 

空木 「この楽しさを、私はどうして忘れていたんだろうね。…あぁ、梓。君が好きだと言っていたあの話、帰ったら続きを書いてみよう。

   読んでくれるかい?」

 

 梓 「えぇ、勿論です。」

 

永月 「空木さん、梓さん。改めて…ようこそ、創作亭『遊庵』へ」

 

 梓 「創作亭……」

 

永月 「はい。しがない独創者の集まる庵です。ここでひっそりと、僕達は自分たちの好きな事をして過ごしています」

 

空木 「へぇえ……面白そうだ」

 

 梓 「先生はここでなくとも、十二分に自由に過ごしているじゃありませんか…」

 

永月 「まるで兄妹のようですね、いや…歳は若いけれど梓さんのほうがお姉さん、でしょうかね」

 

空木 「な、永月さん……」

 

 梓 「初対面の方にもこう言われるくらい、先生には落ち着きとかそういうものが足りないということです。……ん?」

 

永月 「どうしました?」

 

 梓 「いえ、あの」

 

永月 「…?」

 

空木 「…ははぁ、」

 

永月 「…空木さん?…急に頭なんか抱えて……大丈夫ですか?」

 

空木 「いえ…あぁ、全然大丈夫なんですけど、永月さんつかぬ事をお伺いしますが、もしやこちらで……」

 

高槻 「待ってってば、ご飯はそっちじゃないってばぁ!」

 

 梓 「猫っ!!」

 

永月 「…??」

 

高槻 「捕まえた、って………あれ?ハヂメさん?」

 

 梓 「…っ、ね、猫…!」

 

空木 「…?…彼は?」

 

永月 「彼は高槻ヤマイ、遊庵の住人です。…えー、とお伺いしたいことっていうのは…?」

 

空木 「梓は猫に目がなくてですね…落ち着きがなくなる時は大抵猫を見た時でしてこちらで飼っていらっしゃるのか、とお伺いしたかった

    んですが……遅かったですね」

 

高槻 「お客様?」

 

永月 「うん。麓で本屋を営んでいる空木さんと、梓さんだよ」

 

高槻 「こんな山奥にようこそ。……えっと、梓さん?……良かったら抱っこします?」

 

 梓 「えっ、い……いいんですか…!?」

 

高槻 「優しく抱いてあげてくださいね」

 

 梓 「……あぁあ、小さい…可愛い…っ」

 

永月 「………可愛いですね」

 

空木 「猫相手には、まぁ年相応の女の子らしい所もありますかね」

 

高槻 「麓で、ってことはハヂメさん何処かへお出掛けしてたんですか?」

 

永月 「離れに行っていただけだよ?」

 

空木 「さ、散策していたら道に迷ってしまいまして…それで、歩いていたらこちらの邸の付近に居たようでそこで永月さんとお会いして」

 

高槻 「あぁ〜成程。この辺りあまり整備されていませんからね、ハヂメさんもたまに迷子になってますし」

 

永月 「つーさんよりは迷子率低いけどねん」

 

高槻 「ぼ、僕は猫達が勝手にどっかに行っちゃうから、それを追い掛けて変な所に行っちゃうだけで……」

 

 梓 「この猫は、高槻さん達でお世話してる子なんですか?」

 

高槻 「お世話してる、というか……」

 

永月 「つーさん、懐かれやすいんですよ。だから近所の野良猫とか自然に集まってしまって。猫の集会所みたいになっていますよ」

 

 梓 「集会所……ということは、もっと沢山の猫が……?!」

 

空木 「本当に君は、猫を前にすると人が変わるんだから……」

 

空木 「高槻さんも、物語をお創りになるんですか?」

 

高槻 「僕は話を創る、というかどちらかといえばハヂメさん達が作るものへの彩色…ですかね?」

 

 梓 「彩色………?」

 

永月 「つーさんは絵描きなんですよ」

 

空木 「ほほぉ、絵描きさんですか」

 

高槻 「まだまだ未熟者ですけどね。だけど、ハヂメさん達が創る世界のお手伝いができたらなぁ、って」

 

 梓 「永月さんがお話を作って、高槻さんが絵を付ける…ということですか?」

 

永月 「そうですね、やはり頭の中や文字だけでは表せないものもある…そういう物を彼に生み出してもらってそこから更に物語を膨らませて

   いって……という感じですね」

 

空木 「永月さん『達』ということは、他にも住んでいる方がいらっしゃるんですよね」

 

永月 「えぇ、あと一人。……多分、中に居るんじゃないかな?この時間だと」

 

 梓 「この広い邸に、三人で暮らしているんですか?」

 

永月 「暮らしている、というか集まった……って感じですね」

 

空木 「元々のお知り合いという訳では無いんですか?」

 

高槻 「僕とハヂメさんは少しお付き合いがありました、けど」

 

永月 「もう一人は、僕が引っ張ってきたんですよ」

 

空木 「いやぁ、…外から見た時も立派だと思いましたが、中もまた……」

 

 梓 「こんな立派なお宅だなんて、羨ましい…」

 

空木 「悪かったね小さな店で」

 

 梓 「別に、先生の所が質素だ、なんて言ってませんけど?」

 

高槻 「僕が呼んでこようか?」

 

永月 「そうだね、お願いできます?僕は少し中を案内してこようかな」

 

空木 「重ね重ねありがとうございます」

 

 梓 「……」

 

高槻 「中に入れても大丈夫ですよ。もう少しその子のこと、よろしくお願いしますね。梓さん」

 

 梓 「…!はいっ」

 

空木 「…本当にすみません」

 

永月 「ははっ、いえいえ。じゃあ行きましょうか。じゃあつーさん、後でまた」

 

高槻 「はぁい」

 

 梓 「随分と年季の入った建物ですね?」

 

永月 「えぇ、けれどそれがまた味があるでしょう?けれど、やはり古い建物ですから、多少手直しはしましたよ」

 

空木 「永月さんが、ご自分で?」

 

永月 「初めは僕だけでしたが、今は皆で少しずつ、ですね。手直しと言っても大層なことは出来ませんが」

 

 梓 「ここは、空き家だったのですか?」

 

永月 「僕が見つけた頃にはもう既に何年も人の手が加えられていない様子でした。持ち主もわからないし、ここは山の上。

    じゃあいっそ、秘密基地にしてしまおうか、と思いましてね」

空木 「ははぁ、秘密基地ですか」

永月 「小さい頃憧れませんでしたか?秘密基地。子供の頃は大きな基地なんて夢のまた夢だったんですけれどね」

 梓 「…大人が自由を手にすると、こうなるのね」

 

空木 「私も憧れましたよ、幼い頃は押し入れの中に好きな物を溜め込んで、そこで過ごしたものです」

 

永月 「あぁ、僕もそれやりました!懐中電灯で灯りを取って…」

 

空木 「そうそう!見つかっては怒られて、けどまた繰り返して」

 

 梓 「……男の人って…。…永月さん、あの月の紋はなんですか?」

 

永月 「あぁ、あれはこの庵の屋号です」

 

 梓 「屋号……」

 

永月 「まぁ、商売をしている訳ではありませんし、本来の屋号という程大層なものでもないんですけどね。僕達遊庵を示す印です」

 

空木 「もしや、永月さんと高槻さんの『つき』から転じての月ですか?」

 

永月 「さすが空木さん、ご明察です。」

 

 梓 「じゃあ、残りのもう一人も名前に『つき』が?」

 

永月 「いえ、もう一人は……」

 

高槻 「お昼過ぎだから起きてる、とは思うんだけどなぁ……あっ、こら勝手に開けたら怒られるよ?って、あれ……真っ暗だ…

    部屋にいない?どこに行ったんだろうなぁアキさん………」

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